1253年に日蓮が打ったとされる、現存する日本最古の棋譜において、対局相手は吉祥丸となっています。
吉祥丸は日蓮が臨終に際して指名した6人の高弟「日蓮六老僧」の一人、日朗の幼名です。
日朗は寛元3年(1245)下総国海上郡能手郷で生まれ、12歳で日蓮の弟子となります。日蓮と対局したとされる時期は出家前で10歳に満たない年齢でした。
日朗は日蓮が佐渡へ流罪となった際、土牢に押込となりますが、赦免後には流罪となっていた日蓮を8回訪ねるなど支援しています。
日蓮が草庵を結んだ松葉ヶ谷に建立された安国論寺は、日蓮上人を開基として日朗上人が創建した寺だそうです。
日朗上人が亡くなった際には遺言により、自らが出家した場所でもある安国論寺で荼毘に伏されています。
なお、日蓮と吉祥丸が打ったとされる棋譜は後世の贋作であるというのが定説となっています。
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